2.むかしを伝えるもの−(3)地域の行事や祭り
(3)地域の行事と祭り
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60年あまり前の行事
1934年(昭和9)に書かれた『和田村誌』には、和田村の人々が行われてきた行事が書いてあります。その中から、主な行事をとりだしてみました。
行事の中には、今でも行われているもの、今では行われなくなったものもあります。みなさんの家や町では、どの行事が行われているでしょうか。
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1月
元日・・法連縄をはり、松かざりをたてる。とそを飲み、雑煮もちを食べる。雑煮ちちは、元日から3日まで食べる。
親せきや知り合いの人の所へ新年のあいさつまわりをするが、1か所に集まって新年を祝ったり、町内で日を決めて新年会を開くようになってきている。寺にも新年のおまりに行く。
2日・・仕事始め。書きぞめ。農家では、ワラ打ちをし、縄をなう。商店では、初荷・売初めをする。買初めといって、高田市へ行き、買い物をする人もする。
4日・・「四日坊主」と言って、寺の僧が新年のあいさつまわりをする。
7日・・七草の節句。七草は、セリ、ナズナ(ペンペングサ)、ゴギョウ(ゴボウ、ハハコグサ)、ハコベラ(ハコベ)、ホトケノザ(タビラコ)、スズナ(カブ)、スズシロ(カブ)、スズシロ(ダイコン)を入れたぞうすいを食べると、病気にかからず、長生きをすると言われている。今も若菜を入れたぞうすいを食べる家がある。
11日・・蔵開き。蔵やお供えのもちをさげて煮て食べる。
14日・・「年越し」とか「小年」という。若木を切って来て、あずきを煮て、その火にあたる。この日の夜から25日まで天神さまをまつる。
15日・・「あずきがゆ」を食べる。さいの神を行う。それぞれの家の門松、七五三縄、書き初め、竹木、ワラなどを集めて焼く。もとは「壮快」をさけんだけれども、今は形だけ行っている。
18日・・田植え祝い。一五日の朝に食べるあずきがゆを残して置いて、この日の朝に食べる。あずきがゆの割れ目を見て今年の水害や旱魃などをうらなう。また、果物の木が大きくなることを助けるといって、あずきがゆを木の根元に置く。
20日・・「二十日正月」または「稲刈り」といって、この日を祝う。この日は、嫁さんが実家に帰る日でもあった。
25日・・天神まつり。年こしの夜からかざってあった檀を片付ける。
1月中・・「正月よび」といって、親せきの人たちを呼んでごちそうする。
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2月
上旬・・はつうま。
9日・・山の神まつり。
15日・・釈迦の涅槃会
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3月
3日・・上己節句(ひなまつり)
○ 4月
8日・・釈迦の降誕祭(1934年のころは、1か月おくれで、5月におこなっていた。)
○ 5月
5日・・端午の節句。家の にショウブをはさみ、ショウブ湯にはいる。これまでは、ササマキをつくって食べた。しかし、今は、1か月おくれで6月下旬に田植えが終わったあとにおこない、ササモチを食べ、親せきにもくばる。
8日・・釈迦の降誕祭。金谷山の薬師堂におまいりする。
○ 6月
1日・・衣脱朔日(キヌヌギツイタチ)といって、春のふくそうから夏のふくそうにかえる。しかし、今は、1か月おくれで7月1日におこなう。
30日・・諏訪神社のおおはらい。
○ 7月
1日・・6月の衣脱朔日(キヌヌギツイタチ)を1か月おくれでおこなう。まれに、カキモチを食べる人もあるが、多くは赤飯でごちそうする。
この日、頸城郡の人たちは、米山薬師におまいりをする。
7日・・ 七夕まつり。このまつりは、学校の行事になっている。
7日〜14日・・高田・直江津祇園まつり。おおぜいの人が見物にでかける。
13日〜15日・・お盆。今は、1か月おくれで8月におこなう。
月末・・土用にはいって、丑の日にはすべて薬品が土の中からわきだすとつたえられており、薬草をとり、薬湯(薬草をいれたふろ)にはいる。また、海水浴をする人も多い。
○ 8月
1日・・八朔の祝い。仕事を休み、赤飯でごちそうをする。
7日・・盆初め。赤飯などをたいていわう。
高田市寺町のそれぞれの寺は、宝物の虫ぼしといって、それらを見せてくれるの で、見物にでかける人が多い。
13日〜15日・・精霊祭、墓参、盂蘭盆(お盆)。夜、若者や子供たちがあつまって、盆おど りをする。盆おどりは潮来にはじまって八社五社で終わる。
15日・・盆勘定 ことしの、1月から、貸したり借りたりしたお金のしはらいをすませる。
15日〜16日・・やぶいり。
20日・・「二十日盆」といって、仕事休みにする。
27日・・「末盆」といって、仕事休みにする。
○ 9月
9日・・重陽の節句。仕事休みにする。とくに行事はもたない。
23日〜28日・・高田別院の報恩講(オタヤのお引き上げ)。高田別院へおまいりをする人は、 たいへん多い。
27日・・諏訪神社のまつり。
○ 10月
3日・・学校総改築記念日として、村内のそれぞれの校で、それぞれに行事をおこなう。
13日・・芋の節句。和田には、11日に「猪の子」をいわう人はない。
20日・・エビス講。
23日〜28日・・新井別院の報恩講。新井別院へおまいりをる人は、たいへん多い。
下旬・・秋まつり。10月のすえより11月の上旬には、とりいれも終わって、豊作か凶作かも わかるので、それぞれの村の鎮守のまつりをおこなう。新米で餅をついていわう。
○ 11月
21日・・太子講。
○ 12月
下旬・・餅つき。
31日・・大晦日、年越し、歳暮礼、除夜の鐘、大晦日勘定をする。ことしの、8月から、貸したり 借りたりしたお金のしはらいをすませる。
このころは、貸したり借りたりしたお金のしはらいは、1年のうちで、8月と12月の2回にわけて、まとめておこないました。
神社とまつり
わたしたちの和田では、むかしから、植え付けが終わるころには春まつり、そして、とりいれが終わったころには、秋まつりがおこなわれてきました。まつりの日には、神社の入り口にのぼりがたち、店がでるところや、舞がおこなわれるところもあります。
春まつりは、神に豊作をいのり、秋まつりは収穫をよろこびあい、神に感謝する行事でした。そして、それは人々のたのしみでもありました。
盆おどりのときの「八社五社」は、つぎのような 歌詞です。
ヨイヤナアー ヨイヤナアー
ヨイヤナアーのハヤシは
シャンと高く
ハア アリャサイ ヤッサイ
しまもろこしの果てまでも
大万長者と呼ばわれる
大万長者と呼ばわれる
郷士一人おわしける